所有:赤穂市・荒神社/塩屋西
寿永3年(1184年)1月21日、
義仲追討の為京へ向かう義経軍は、二万五千騎を率いて宇治に着陣するも、
水流激しい宇治川の対岸には、既に義仲軍が楯を並べ弓を構えていた。
しかも宇治橋は橋板が抜かれており、敵前渡河しか方法が無い中、
黒馬「磨墨(するすみ)」に跨った梶原源太景季と、荒馬「生月(いけづき)」を操る佐々木四郎高綱とが川に飛び入り、
先駆けの名誉を賭けた先陣争いの図である。
本作品は、人物の眼や武将の鎧の立体感が特に重厚に仕上げられており、
刀の鞘の先端や梶原景季の兜は金具で製作されている。
部分的に金具を使用することにより武将の力強さをより一層引き立たせた作品といえる。